ライフワーク・ルポ●第1回 荒野さん
障害者スポーツを取り続けるフォトグラファー・ライター
工藤 きよみ さん
生きている実感、喜びを伝えたいという思いがすべてです。
全日本バレーの中田久美選手を
追いかけ、バルセロナ五輪へ
 「撮り始めた頃は、見てはいけない、注視してはいけないのではないか、という気持ちがどこかにあって、直接レンズを向けることがなかなかできませんでした」
 最近でこそ、パラリンピックへの認知も進み、昨年には障害者自立支援法が施行されたこともあって、障害者のスポーツやさまざまな活動への関心は高まりをみせている。けれども、選手たちの姿に惹かれ、追いかけ始めた10年前には、そもそも障害者スポーツという世界があることすら、ほとんど知られていなかった。そんな環境のなかで感じた自身の戸惑いは、ただ単に引っ込み思案な性格ということでなく、障害者に対する無知が背景にあった、と工藤きよみさんは述懐する。
 フォトグラファーでありライター。旅行・観光雑誌からアウトドア誌、各種パンフレット・記念アルバムなど、撮影に原稿執筆にと幅広いフィールドを持つ工藤さんがもう一つ、ライフワークとするのがスポーツ写真だ。
「元全日本バレーチームの名セッターだった中田久美選手。彼女の引退試合をテレビで観たことが、私が写真を撮り始めたきっかけです。膝の靭帯を故障し、常に痛み止めが必要な状態だったことをまったく感じさせない気迫あるプレー。そんな、闘志をむき出しにしていた彼女が、試合が終わると人目も気にせずボロボロ涙を流していたんです。そのとても素直な姿が新鮮で。彼女を撮りたい。とにかく、そう思ったんです」
 人間らしさ、生きている実感がそこにはあったと工藤さん。そんな姿、自分が受けた感動を人に伝えたい。一度は引退したものの、復帰して参加することになったバルセロナオリンピック(平成4年)を撮りに行く。そう決心したことが、工藤さんをスポーツ写真へと向かわせるきっかけとなった。
特別なことじゃない。障害者スポーツの
撮影現場で教えてくれたアスリート
 初めて目の当たりにしたオリンピック。水泳では岩崎恭子が、柔道では古賀稔彦と吉田秀彦が金メダルを取得。マラソンの有森裕子も銀メダルに輝いた。
「トップアスリートたちの躍動感に触れたということもありますが、スポーツってすごいなと圧倒されて。さまざま競技に関心を持つようになりました」
 バルセロナから戻った工藤さんは、新聞の社会面に掲載された小さな記事を目にする。パラリンピックのようすを告げるニュースだった。以前なら、見落としてしまっていたかも知れない。けれども、オリンピックの興奮を肌で感じてきた工藤さんには、同年にアベック開催されるこの大会に興味を向かわせるだけの感性が備わっていた。
「最初は、どんな大会なのだろうという純粋な興味でした。当時、アウトドア系の雑誌を発行する出版社にいて、子どもたちの自然体験キャンプを追いかける取材をしていたのですが、そこにダウン症の子も参加していたんですね。その担当の男の子が“将来は障害者にスポーツを教えたい”と語ったのを聞いて、私のなかで何かがつながった感じがしました。そして、障害者スポーツというテーマが浮かんできたんです」
 北海道身障者スポーツ振興協会が主催するはまなす全国車いすマラソン大会、身体障害者アーチェリー大会を皮切りに、休日に行われる障害者スポーツ競技会のスケジュールをチェックしては、カメラを携えて観戦して回った。勤務先の出版社で撮影、原稿執筆、編集作業のスキルを磨きつつ、東京などに足を運び、自らやりたい仕事を売り込み歩いた。
「撮影技術の面では、当時も、今でも決して十分ではないと思っています。でも、アスリートたちの生きる姿を私なりに伝えていきたい。そんなフォトグラファーとしてやってみたいという気持ちが、どんどん強くなっていきました」
 障害者スポーツを撮り歩いているカメラマンは、工藤さんが撮影を始めた10年前はまだ、それほど多くなかった。それだけに、現場では当の被写体から声をかけられることも多かったという。
「障害者のカヌーのイベントを観に行った時、あるアスリートの方に“どんどん、写真撮ってよ”って言われたんですね。それがすごく嬉しくて。なんだ、普通にレンズを向けてもいいんだ。障害者だからといって特別なことじゃないんだと、気持ちが楽になったのを覚えています」
作品01 作品02
大切なのは、相手の気持ちを察して
その思いに近づこうとする姿勢
 撮影や取材のかたわら、工藤さんは毎週日曜日にはプールに通っている。水泳療育アドバイザーとして、障害を持つ子どもたちを対象に、リハビリを兼ねた水泳レッスンを行っている。自閉症、ダウン症、脳性まひなど障害の内容も程度もさまざまな子どもたちが、水に触れる1時間を楽しみにやって来る。
「身体の自由が利かない子は、バスマットに乗せて水の中でゆらゆら動かしてあげたり、歩行が不自由ならサポートしながら浮力を利用して歩く訓練をしたり。それぞれが、できること、可能な範囲で水に親しんでもらうのが目的ですが、子どもたちとコミュニケーションをとり、信頼を得るまでに1年くらいはかかりましたね」
 コミュニケーションといえば、会話することをイメージしがちだが、それだけでは気持ちは伝わらないと工藤さんは言う。ましてや、重度の脳性まひなどの場合、会話そのものが困難だ。
「けれども、こちらの話はきちんと理解していますし、反応もしてくれます。たとえば、プールで水しぶきがかかれば、嫌な顔をします。それを見過ごしてしまうか、感じとってあげられるか。相手の心情を察することができるのが本当のコミュニケーションだし、それは障害者かどうかに関わらないと思うんですよね」
 カメラは、ほんの興味から始めたという工藤さん。撮影技術も自己流だ。けれども、被写体の気持ち、思いに近づこうとする姿勢がその作品には感じられる。障害を持つ人たちに対してつい、抱きがちな“距離”を縮めてくれる優しさがある。彼ら、彼女らの、そしてそこに関わるたくさんの人の“生きる喜び”をグッと引き寄せる、そうズームレンズのように。
作品03 作品04
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